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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)50号 判決

原告

アイデア料理井出株式会社

右代表者代表取締役

井出正信

右訴訟代理人弁護士

西川道夫

中村潤一郎

被告

株式会社モトックスプラニング(旧商号・モトックス株式会社)

右代表者代表取締役

寺西太一

右訴訟代理人弁護士

甲斐直也

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一被告は、その営業上の施設又は活動に「あいであ料理」又は「アイデア料理」の表示をしてはならない。

二被告は、その看板及び印刷物の「あいであ料理」及び「アイデア料理」の表示を抹消せよ。

第二事案の概要

一原告の営業及び営業表示(〈書証番号略〉、原告代表者)

原告は、原告代表取締役井出正信(以下「井出」という。)が昭和四一年二月から経営してきた料理飲食業を株式会社組織に改めるため、昭和四四年一〇月一日に設立された、肩書住所地に本店を置く料理飲食業を目的とする株式会社である。原告は、現在大阪市内に三店舗(肩書住所地において「北新地本店」、北区〈番地略〉において「井出乃売店」、西区〈番地略〉において「阿波座店」)を、また、東京都内に二店舗(港区赤坂〈番地略〉において「赤坂店」、渋谷区渋谷〈番地略〉において「井出乃ステーキハウス」)を有し、右各店舗で創作料理を看板料理とする料理飲食店を経営し、右営業の営業表示として看板・印刷物等に「アイデア料理井出」の標章(以下「原告営業表示」という。)を使用している。

二被告の営業及び営業表示(〈書証番号略〉、弁論の全趣旨)

被告は、昭和四一年一二月二一日に設立された、肩書住所地に本店を置く、不動産の賃貸借・売買・仲介・管理、大衆酒場の経営、惣菜屋の経営、フランチャイズチェーンシステムによる大衆酒場及び惣菜屋の経営等を目的とする株式会社である。被告は、昭和六一年一二月から尼崎市内のビジネスホテル尼崎ユニオンホテル内で、また昭和六二年八月から大阪市中央区堺筋本町の松浦ビル地下一階で、「童子」又は「うまいもんや童子」の屋号で大衆酒場を開店し、その後、右各店舗において創作料理を提供するようになり、平成二年二月頃以降右営業実態に合せて、右大衆酒場営業の営業表示として看板・印刷物等に「あいであ料理の店 うまいもんや 童子」の標章(以下「被告営業表示」という。)を使用している。

三請求の概要

原告がその事業を承継した井出の個人営業が開始された、昭和四一年以降現在まで継続して原告営業表示の広告宣伝に努めるとともに、次々と店舗を拡大した結果、雑誌やテレビ等でもしばしば紹介され、原告営業表示は少なくとも大阪市内とその近郊及び東京都内において周知となったこと、原告営業表示の要部は「アイデア料理」の部分にあるから、被告営業表示は原告営業表示に類似し、原告営業と被告営業との間に誤認混同を生じ、原告が営業上の利益を害されるおそれがあることを理由に、被告に対して、不正競争防止法一条一項二号に基づき、被告営業表示中に「あいであ料理」又は「アイデア料理」の標章を使用することの禁止等を請求。

四争点

1  原告営業表示は広く認識されるに至っているか(いわゆる周知性を取得したか)。

2  被告営業表示が原告営業表示と類似するか。原告営業表示の要部は「アイデア料理」の部分といえるか。

3  被告による被告営業表示の使用により、原告の営業上の施設又は活動と混同を生じるか。

4  右使用により原告の営業上の利益が害されるおそれがあるか。

第三争点に対する判断

一争点1(周知性の取得)について

(事実関係)

証拠(〈書証番号略〉、原告代表者)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1 井出は、昭和四一年二月、大阪市北区老松町(現住居表示・西天満四丁目)において「和洋中あいの子アイデア料理井出」の屋号で個人経営の料理飲食店を開業し、昭和四三年五月、店舗を同市北区の飲食街北新地に移転し、昭和四四年一〇月一日、屋号を「井出株式会社」、本店を肩書住所地、目的を料理飲食業として原告を設立し、自らその代表取締役に就任した。原告の経営は順調に発展し、昭和四七年三月には東京都港区内に「赤坂店」を、昭和四九年八月には大阪市西区内に「阿波座店」を、昭和五〇年一〇月には同市北区内に「井出乃売店」を順次開店し、昭和五〇年一一月二八日には商号を現在の「アイデア料理井出株式会社」に変更し、昭和五八年七月には東京都渋谷区内に「井出乃ステーキハウス」を開店した。

2 井出が昭和四一年二月個人経営の料理飲食店の開業に際し「和洋中あいの子アイデア料理井出」という屋号を採用した動機は、決まり切った材料、料理方法で決まり切ったメニューを繰り返す既製の料理概念は間違っている、世界各国の優れた料理の良さを採り入れ、これに客の嗜好を考えて、愛情をもって巧みにアレンジした新しい料理を出すのが料理の根本精神であるという自己の信念と、「井出」のローマ字表記「IDE」が英語「アイデア(idea)」と語呂が通じている点にあった。井出は、こうした自らの信念に従い、店舗拡大と併行して、和洋中のこれまでの既製の料理概念にとらわれず、材料、調理方法、調理内容等のいずれの点でも顧客の嗜好に合せる商品開発に努めるとともに、顧客がくつろいで飲食できるようにと、各店舗の内外装にも高級感を出すなど工夫をこらし、その一方で昭和四三年の移転に際して「和洋中あいの子アイデア料理井出」の標章を「アイデア料理 井出」(原告営業表示)と簡略化して以後原告の各店舗における看板、パンフレット、広告物等に原告の営業であることを示す標章として現在まで継続して使用してきた。

3 この間、原告は、自ら「アイデア料理 井出」(原告営業表示)として雑誌等に広告宣伝したばかりでなく、昭和四八年一〇月から現在までの間に専門の料理雑誌やグルメ用の専門雑誌のみならず、その他全国規模の一般向け週刊誌等各種雑誌にも写真や地図入りでしばしば原告の前記各店舗の紹介記事が掲載され、かつ、平成二年七月一〇日にはMBSテレビ系の料理番組「あまからアベニュー」で北新地本店が、同年九月七日にはTBSテレビ系のワイドショー番組「三時にあいましょう」で赤坂店がそれぞれ取上げられるなど、テレビ、ラジオなどのメディアでも度々紹介され、近時のグルメブームを背景に、原告の営業は世人の注目を集めるところとなった。

4 以上の結果、原告の前記各店舗は、高級感漂う店構えで、和洋中の枠にとらわれずに目先の変った創作料理を食べさせる特色ある店として近隣のオフィス街のサラリーマン層のみならず専門雑誌を読んでいるようなグルメ層の間で評判となり、次第に愛好者を増して、現在では各界の著名人をはじめとして相当数の常連客を獲得するに至っている。

(判断)

右認定事実によれば、原告営業表示は、遅くとも被告が被告営業表示の使用を開始した平成二年二月頃において、少なくとも大阪市内とその近傍及び東京都内において、この種料理飲食店の顧客層の間に、広く認識されるに至っていた、そして現在もその状態は継続されているものと認めるのが相当である。

二争点2(両営業表示の類否)について

1  原告営業表示の要部は「アイデア料理」の部分といえるか

現在我が国では一般に「アイデア」という語は英語「idea」に由来する、「考え」「思いつき」「着想」などを意味する普通名詞として広く知られているといって差し支えなく(通常の国語辞典にも「アイディア」として登載されている。)、一般人の間で、例えば「アイデア商品」や「アイデアマン」等のように、これを更に別の普通名詞に冠した複合語としても日常多く使用されていることは当裁判所に顕著な事実である。原告営業表示中の「アイデア料理」の語が同旨の意味を有していることは原告も自認するところであり、それが一般的には「創意工夫をこらした料理」を意味する普通名詞であることは、表題等に「アイデア料理」と銘打った一般人向けの料理関係の書籍が市販されている(〈書証番号略〉)こと及び大阪市内及びその近傍だけに限ってみても、原告被告以外にも「アイデア料理」を看板料理にしている料理飲食店が相当数存在し、それらがいわゆるグルメ関係の書籍等にも紹介されている(〈書証番号略〉)ことなどの事情からも容易に推測できるところである。また、原告の前記各店舗における原告営業表示の具体的使用態様をみても(〈書証番号略〉)、その基本パターンは、別紙営業表示目録(1)原告表示欄記載のとおり、「アイデア料理」及び「井出」の各名称部分と井桁をかたどった図形の中に菊花模様の図柄をあしらったシンボルマーク部分からなるものであるが、右シンボルマーク部分の有無、各名称部分の縦書き・横書き、配置、字体、字の大きさ等の細部では、それぞれの表示間にかなりの相違点が存在し、そこには必ずしも表示者側の一貫した意図を読み取ることはできないが、ただ一点「アイデア料理」の語と「井出」の語が併記されている点においては全ての表記例がほぼ共通しているといってよい。そして、更に右併記の「アイデア料理」の語と「井出」の語とを比較対照してみると、後者に比して前者を特に強調して訴えようとする姿勢はそこからは窺い得ず、「アイデア料理」部分のみが分離して特別に見る者に意識されるものとは認められず、むしろ、「井出」部分の方が強調されており、通常一般人は、「アイデア料理」の語を「井出」に対する説明部分と受取り、アイデア料理を得意とする「井出」と感じるものと認められる。また、前記の原告の雑誌紹介記事の内容についてみても、いずれも営業主体の表示方法として「アイデア料理」部分だけを独立して表記したものはなく、「アイデア料理」と「井出」とを併記しているものがその大半であり、しかも、その場合も、表記上「井出」の部分の方が「アイデア料理」部分よりもより強調されているか、少なくとも両者同程度のアクセントで表現されているのがその大部分である(原告自身が配付しているパンフレット中の案内図〔〈書証番号略〉〕、「井出乃ステーキハウス店」の入口看板〔〈書証番号略〉〕及び「北新地本店」内の暖簾〔前同〕等のように、むしろ「アイデア料理」を除外し、「井出」のみ又は「井出」とシンボルマークのみを表記した表示例も相当数見受けられ、前記原告の雑誌紹介記事中には、「アイデア料理は、井出(IDE)にAをつけた語ろ合いにも通じている。このAを一日も早く取り去ってIDEだけの店名で通用するようにしたい、というのが井出社長の願望である。」との井出の談話記事もある〔〈書証番号略〉〕。)。

以上の認定によれば、原告営業表示は、普通名詞「アイデア料理」と原告代表者の姓に由来する固有名詞「井出」とが結合され不可分一体となったもの全体として周知性を取得しているものと認めざるを得ず、「アイデア料理」の部分が原告営業表示の要部であると認めることは到底できない。

原告代表者は、顧客等が原告営業表示を「アイデア料理さん」、「アイデアさん」などと略称する場合もある旨供述するけれども、仮にそのような事例があるとしても、右認定の事実関係にある以上、当裁判所の右判断を変更することはできない。

2  結論

以上のとおり、原告営業表示の要部が「アイデア料理」部分にあると認められない以上、被告営業表示と原告営業表示とは、「アイデア料理」「あいであ料理」の部分を除くその余の部分は全く相違していることが明白であるから、類似すると認められないことはいうまでもない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。

3  原告の主張について

原告は、井出の個人経営時代も含めると二六年余の長きにわたって原告営業表示を使用しており、その中でも「アイデア料理」部分は原告の営業表示の主要構成部分として営業主体表示の識別力をそなえるに至っている旨主張する。

しかしながら、「アイデア料理」という語は、たとえこれが営業表示として井出が最初に使用したものであるにしても(とてもそのようには考え難いところであるが)、前示のとおり、その言葉自体の性質上「創意・工夫をこらした料理」を意味する普通名詞にすぎないものと認められるところ、「アイデア料理」という標章がそれのみで原告の営業表示として周知性を取得したことを認めるべき証拠は全くないから、原告によるその独占的使用は許されず、原告の右主張は到底採用の限りでない。

(裁判長裁判官庵前重和 裁判官小澤一郎 裁判官辻川靖夫)

別紙

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